「盛大に釣られる人々」について
[Notes ]こんな記事が話題になっている。
自民の首相経験者に頼めず…ポーランド国葬に江田議長(朝日新聞)
政府は16日、政府専用機の墜落事故で亡くなったポーランドのカチンスキ大統領の国葬に、江田五月参院議長を代表として送ることを決めた。外国首脳の葬儀には、首相経験者らを送るのが通例だが、「自民党の人に頼むわけにもいかない」(首相周辺)。政権交代の余波に悩んだ末の前例のない人選となった。 (中略)衆参両院の広報課によると、議長が外国首脳の葬儀に参列した例はないという。ポイントは「前例のない人選」「議長が外国首脳の葬儀に参列した例はない」というところ。ここを根拠に現政権の非礼さ・国際的な常識の欠如を言い立てる人々がネット上に盛大に湧いて出て来ている。というわけで僕なりにこの記事を検証してみることにする。
まず留意すべきは今回のように「外国の元首が任期中に亡くなり葬儀が行われる」というのがかなりのレアケース、つまり誰を参列させるか国際的な儀礼・常識が確立されているようなそういう積み重ねがそもそも存在していないものだということ。殆どは「『元・元首』が亡くなって葬儀が行われる」ケースなのである。したがってこれを中心に検証することにしたのだけれど、「反証」はあっさり見つかった。
まずは元ロシア大統領・エリツィン氏の国葬のケース。さて日本からは誰が参列したか?当時の現首相?「NO」。首相経験者?「NO」。答えは単に「大使」が行っただけ(理由は「間に合う商用便がなかった」。ちなみにこれに関しては後述)。まあそういう意味では「議長が外国首脳の葬儀に参列した例はない」というのは嘘とまでは言えないかもしれないのだけど、それが実は「議長が外国首脳の葬儀に参列した例はない(但し大使レベルなら有り)」の意味ですよというのは少しミスリードが過ぎやしませんかという話だ。
さてエリツィン氏の際は「重量級」を派遣したアメリカだが、お隣の韓国の元大統領・盧武鉉氏の葬儀には駐韓大使しか派遣していない。
これについて「盧武鉉氏は国葬ではなく(韓国的には格式の下がる)国民葬」という反論があるかもしれないので念の為予め指摘しておくと、元大統領・金大中氏の「(正真正銘の)国葬」の際でもアメリカが派遣したのは「元国務長官」であって、元大統領経験者でもなんでもない。ちなみに日本はといえば「前衆議院議長(河野洋平氏)」。へえ。外国首脳の葬儀に「(現役の参院)議長が参列した例はない」のかもね、確かに。
というわけで当Blogによる上記朝日の記事の検証の結論。(1)「前例のない人選」/「議長が外国首脳の葬儀に参列した例はない」=「但し大使を参列させただけの例がある」。(2)他の国でも外国首脳の葬儀に大使レベルで済ませる例がある。つまりこの記事の意味するところが「現政権の振舞いが国内的にも国際的も常識ではありえない」ということであるならば、この新聞がどうしようもなく健忘症なのか、この新聞社的には自民党政権やアメリカだけは何をしてもそれが「国際的な礼儀に適っている」ということになっているのか、単に物を知らないのか、或いはその全てなのかという話に過ぎない。
さて、この問題で盛大に朝日に釣られて吹き上がっていた2ちゃんねる界隈のネット右翼の諸氏についてはもう一つだけ。エリツィン氏の国葬の時に大使しか送らずにロシアのメディアに驚きを与えた政権とは他でもない、「安倍政権」であることをお忘れなく。
なお時の外務大臣「(俺たちの)麻生太郎」は
(ロシアへの)便がない時間に(葬儀日程を)発表したとしか思えない。これは多くの人たちに来て欲しくないと考えるのが普通。なんだか(ロシア)国内の政治も難しいだろうなと。(仙台市の外交フォーラムで)などと「相手のせいだ」と公言しているのだけれども、その後「(当初の釈明であった「間に合う民間の航空便がなかった」を修正し)葬儀に間に合うモスクワ行きの便はあった。人選が間に合わなかった」と認める羽目になった。
事実と違うことを放言してまで、相手のせいにするスタンスの方こそ「非礼」に他ならないと思うのだが。もちろん賢明かつ倫理的にも高潔漢であらせられるネット右翼諸氏のこと。その当時は今回同様それを盛大に取り上げ、批判を繰り広げあそばされたことと僕は信じる。
(追記)
コメント欄・はてなブックマークのコメントで本Entryに次のような批判がありました。
(1)現役の首脳と元・首脳ではインパクトが全く違う(前者の方が断然重要度は高い)
(2)現役の首脳の葬儀へのこれまでの日本の対応例をきちんと検討せよ。
一応答えておきます。まず(1)を認めるとしましょう。しかし前者と後者で完全に区別をする、「全くインパクトが違う」というなら、これまでの日本の対応において現役の首脳が死んだ場合は後者の場合と「明らかに違う」対応の基準・原則(朝日記事で言う「通例」)が貫かれていなければなりません。
そこで(2)の例を検討してみます。当該Entryを書いた際には検討していなかったのですが、特に今回と似ているのはイスラエル・ラビン首相暗殺の例と思われます。ノーベル平和賞受賞者でもある彼が暗殺されたことのインパクトは今回の件に勝るとも劣りません。しかし…
果たして日本から派遣されたのは現役の首相でも首相経験者でもない、外務大臣でした。もちろんG7のうち首脳が欠席したのは日本だけです。ちなみにアラファト氏(パレスチナ自治政府初代大統領)の葬儀への日本の対応についても各自調べてみると良いかも知れません。
要するにこれまでの日本は弔問外交において「現役かそうでないか」に明確な差をつけてこなかったと言えます。その意味では(1)を強調したところで当Entryの反論にはなりません。それは完全に「無理筋」です。ちなみに僕はそもそも「現役かそうでないかでインパクトが違う」という主張そのものが「ナンセンス」だと思うのですが、そう信じて疑わない方がいらっしゃるようで…世の中広いですねえ。



