« 「善意」という問題 | Main | 「誠意って何かね?」 »

2004年03月04日

水はあるのか、ないのか

Iraq

「マル激」でケン・ジョセフ氏は「水?誰が困ってるんですか?蛇口からちゃんと出てますよ」と述べる一方で、給水浄水システムの整備の不十分さについても言及していた。ちょっと聞くぶんにはこれは矛盾しているようにも思える。

一体水はあるのか、ないのか?

自衛隊派遣のウソと危険というページではサマワの水の状況はどうなのかについての分析が為されている。

これを読むと、川の水を飲まなければやっていけない、というレベルではなく、きちんと蛇口から水は出ているのだが、それほどきれいではないし、水の出る時間も制限されているというのが、だいたい正しい状況のようだ。で、それを改善する為には、ケン・ジョセフ氏や、あるいはフォトジャーナリストで現地を取材している豊田直巳氏が口を揃えるように、今ある浄水場をきちんと稼動させるための電力システムの改善がなされなければならない、ということらしい。要するに自衛隊が今回行うような「給水車で水を配る」、というのは根本的な解決にはならないのだ。

まあそれはそうだ。住民からすれば「蛇口をひねればいつでもきれいな水が出るような状態」こそが最も望ましい形であって、給水車で水を配るっていうのは応急的・短期的措置に過ぎないのだから。でも今回派遣された自衛隊には、そんな任務はない。

しかも自衛隊がやるような給水支援はフランスのNGOがすでに行っていて、加えてその活動内容は自衛隊が予定するものよりはるかに効率的だという。自衛隊の給水活動には、莫大な金がかかっているにもかかわらず、その供給能力ときたら、50mプールを24日かけてようやくいっぱいに出来る、その程度のものにすぎないのだ。

それにしても、これほど虚しい計画を立てておいて石破は「イラク国民に感謝されるような支援をする」などという恥知らずなことを、よくぬけぬけと言えたものだ。ここには「この程度のことでも貧しいあいつらは感謝するだろう」というサマワの人たちに対する傲慢で差別的な意識が透けて見える。人はそれを普通、「善意」とは言わない。「侮蔑」と言うのだ。

さらに、国民の立場に立ってみれば、サマワの人たち、或いは同じ給水活動を行っているNGOに「あれだけ大騒ぎをして、日本はこの程度か」と思われるだけのものに過ぎない今回の支援は、まさに「国辱的行為」、と呼ぶに相応しいものだ。小泉は自らが得意げに引用した「国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う」という憲法前文の意味をもう一度良く噛み締めたほうがいい。

話が少し脱線してしまった。まとめよう。

サマワの水事情は言われているほどは悪くないが、問題が無いか、といえばそうではない。「給水」という短期的、応急的措置はNGOが既に行っているし、そちらの方が効率よく行える。けれども根本的な解決(=「蛇口をひねればいつでもきれいな水が出る」)には、電力の復旧等が必要。けれども今回の自衛隊の「給水」活動は、量(=供給量)、質(=インフラの整備)ともに完全にポイントを外していて無意味に等しい。

こんな感じかな。

Trackback

Trackback URL for this entry:

http://deadletter.hmc5.com/blog/mt-deadlettertrackback.cgi/26

Post a comment

(CommentSpam対策などの為、管理人に承認されるまではコメントは表示されません。表示されるまでしばらくお待ちください。なおコメントマナーについてはこちらをお読みください。)