イラクで民間人3人が誘拐された事件についての政府の 「そもそも我が国の自衛隊はイラクの人々のために人道復興支援をしているので、撤退する理由はない」という発言は極めて欺瞞的だ。政府は、サマワにいる陸自以外が米軍を支援している事実に目をつぶり、あくまで「善意(中立)の第三者」を気取るつもりなのだろう。けれどもその論理が通用するのは日本国内(しかもその一部)でしかない。
海外からは日本が善意からなどではなく、アメリカ支援の為に自衛隊を出したとしか見られていないのは明らかだ(再び繰り返す、小泉は、自分自身が引用した憲法前文「国際社会において名誉ある地位を占めたい」の意味をもう一度まわりを見渡しながら、確認せよ)。そのことに政府がシラを切るのは勝手だが、この期に及んでとなると、単なる無責任というしかない。誘拐犯の犯行理由には残念ながらそれなりに合理性がある。
日本は既に「中立性」を失ってしまっているのだ。そしてその「中立性」を投げ捨てたコストを今払わされようとしている。ちなみにそのコストについては以前から指摘されていた。別のところでもJVCの熊岡氏は、
軍、軍隊的な組織と明確に距離をとることによって安全を確保している。例えば、CPAは昨年11月以降、指令45項に基づいて全NGOは登録しろ、しないと活動できないと言っているが、われわれは占領軍の傘下にある仲間と思われれば思われるほど、活動は難しくなり、危険にさらされると考えており、あえて登録せずに占領軍と距離をとっている。(リンク)とNGO活動にとっていかに「中立性」の確保が大切かを述べている。自衛隊派兵はそういった彼らの必死の努力を踏みにじるものでしかなかった*1。それでも、自衛隊がNGOと比較しようのない規模での支援活動を行えているのなら、「NGOの出番はない、ひっこんでいろ」という主張にもまだ一理があるかもしれない。けれども現実は全く逆だ。現地では自衛隊には何の存在感もない。あるのは、(これも何度も繰り返してきたことだけど)現地のニーズには応えられないような代物を「人道復興支援だ」と強弁するレトリックだけだ。
これまでイラク関連のEntryを書いてきて僕も色々考えた。そして結局分かったことは、「軍隊では支援活動は出来ない(餅は餅屋だ)」という極めて単純な事実だった。きめ細かいニーズを捉えてタイムリーに支援を行うには、民間企業やNGOに任せるしかない。そして彼らに伸び伸びと活動してもらうには「中立性」の確保が最も重要になる。もし、日本が本気で「イラクに感謝される支援を」と考えているとしたらその「中立であること」の価値を見誤るべきではなかったし、軍隊の派遣など最もやってはいけない禁じ手だったはずだ。
小泉の面子(今更ブッシュとの約束は破れない)の為に、役に立たない自衛隊の為に、本当に必要な人たちが見捨てられ、切り捨てられる。本当にやりきれない。
*1 ちなみに自衛隊には「中立性」という概念などハナから、頭の片隅にもなかった。彼らにとっては「アメリカにいかにプレゼンスを示すか」が重要なので、「中立的活動」であっては寧ろ困るからだ。「何故CPAの指揮下に入らなければならないのか」という問いは熊岡氏が述べているように、十分有意味な問いなのだけれども、自衛隊の活動は「その問いを問わないこと」が前提となっている。
(追記)
おかしな報道には抗議しよう日記のEntryを通じて、
「テロリストへ」
というメッセージを見つけた。「日本の世論は大きく変わるはず」…そう、「球」は僕たちにも預けられている。お互いに掛け違えたボタンをもう一度掛け直すことでしか、イラクと僕たちの未来を確かなものにすることは出来ないのだ。

