イラクにおける人質事件が解決の方向に向かっているということでとにかくホッとしている。けれども誘拐犯グループは「自衛隊の問題」についてのメッセージを残し、僕たちに「ボール」を預けた。僕たちにとってはこれからがスタートなのかもしれない。
以前、自衛隊派兵が議論された時「困っているイラクの人たちを目の前にして、何もしなくて構わないというのか」と、「道徳的恫喝」を行った派兵賛成派が、今回、「物見遊山の旅行者」と明らかに区別すべき人たちに対して「行かなくても良いのに勝手に行った、自業自得だ」、「寧ろ国益を損う売国行為をした」と罵ったことを、僕は忘れない。
NGOによる支援活動は、その機動性、専門性によって、世界各国政府よりきちんとその重要性を認知され、その活動に対する援助すら行われている。ちなみに小泉も以前のメルマガでは、
自衛隊であれ、政府職員であれ、民間人であれ、活躍できる分野があれば国際社会の責任ある一員として役割を果たしていくという基本方針にかわりありません。(リンク)と述べ、なんとNGOなどの民間による活動を寧ろ推奨していたのだ。その活動を、様々な警告を無視して派兵を強行し、やりにくくしておきながら、小泉内閣の閣僚たちは「自業自得だ」と口を揃え、彼らを見捨てようとした。
もちろん、基本は「自己責任」であるということは僕も否定しない。ただ彼らが覚悟をしている(すべき)、ということと、その彼ら、まさに「人道復興支援」を行おうとしていた人たちに対して、政府がどのような態度をとるべきなのかは完全に区別されなければならないし、実際にどうだったのかについては、きちんと考えておいた方が良い。
小泉内閣はまだ誘拐犯とのコンタクトも取れず、交渉も始めない段階で、おそらくブッシュにメッセージを送りたい一心で、「自衛隊は撤退しない」という「結論」を出した(撤退する理由がないとまで言い切った)。これは少なくとも人質の安全確保を完全に無視した暴挙だ(人質の安全確認、期限の引き伸ばし、条件の緩和・変更の打診、説得の試みなど、様々な交渉の余地がありうる中で、それを最初から一切否定するような「断定」を何故行う必要があるのか)。
さらに外務省は「犯行グループとは交渉しない」とまで言い切っていた(ということは、もともと人質を救う気などサラサラなかったということなのか)。
また小泉は人質となった人たちの家族との面会を拒絶した。もちろんそれは彼の自由だ。けれどもその理由として彼が吐いたのは「会っても話すことが何もないだろう」という、およそこの国のトップとしては決して口にしてはならない言葉だった。「何もない」わけがない。会見で福田康夫は彼らを「無辜の民間人」と言ったが、その「無辜の民間人」が「国益の為」と称して見殺しにされようとしているのだ。小泉は家族に対してそれについて、(例え理解を得られるのが困難だと分かっていても)心を尽くして語るべきではないのか。
よく覚えておこう。小泉内閣のこの呆れるばかりの「酷薄さ」を。
よく覚えておこう。小泉の本音は「人道復興支援」にではなく「ブッシュに忠誠心を見せる」ことにしかないということを。
僕はこのような政府を絶対に認めない。
(追記)
ちなみに自社社員を派遣せずに、フリーのジャーナリストにイラク報道の大半を依存しながら、「自己責任」、「危ないという警告を無視して行った人間が悪い」などと政府の尻馬に乗ってシラジラしくうそぶく一部のマスメディアに関しては、もはや何かを言う気すら失せる。

