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2004年04月16日

「自力救済型」社会

Iraq

江川紹子さんのイラク人質問題についてのコメント
「甘いおやつ」のEntry

例えば、夜の歌舞伎町で肌を露出した格好をしていた女性がレイプされかかるのを見かけたとする。その時「時と場所を考えたファッションをしないのは危機管理意識が甘いせいだ」ということでその女性は見捨てられるべきなのだろうか。例えば、「道路で遊んではいけませんよ」と注意は受けていたはずの子供が道路で遊んで車にはねられたとする。「何度も注意はされていたはずだ」といって「自己責任だから、この子供を助けるのには保険はききません(又は、自分で手術しろ)」と救急隊員から言われたとしたら、どうだろうか。

自力救済型社会においては、多種多様なリスク(顕在的なもの、潜在的なものを両方を含む)については、全て個々人が自己責任で対応しなければならない。けれどもこのような社会で生きていけるのは、自分の権利を暴力によって実現できる人間(例えばボブ・サップ)、なんでも金で解決できるほどの財力を持つ人間(例えばビル・ゲイツ)だけだ。僕を含め大多数の財力も体力も乏しい人間にとっては、不平等極まりない世界と言える。だからこそ、そういった問題を解決する為に「国家」が要請されたのだ(というのはもちろん言い過ぎなのだけれども、そういう部分は確実にある)。

今回「自己責任だ」とあたり構わず怒鳴り散らしたり、イラクで人質になった三人の家族に嫌がらせをした人たちは、一体ビル・ゲイツやボブ・サップのような「強者」の側にいる人たちなのだろうか。「amai_oyatsu」さんが言うように、自由が丘でも田園調布でも成城でもいいんだけど、そういうところに住み、自力救済型社会を生き抜く能力のある人たちは、逆にそんな「嫌がらせ」をすることに何の興味も意味も見出さなかったんじゃないか。

もちろんここで「弱者」と「強者」の差異をことさらに強調したいわけでもないし、「弱者であることを自覚し、弱者として団結して、社会の構造的な不平等にこそ対峙すべきだ」などという少し前の労働運動家みたいなことを言うつもりも毛頭ない。

そうではなくて、もっとささやかなこと、僕たちが自由に安心して生きるにはある前提が必要で、国家にはその前提を守り通す義務があるということ、誰もがその前提の上で生きる権利があること、そういったことくらいにはせめて自覚的であって欲しいということ、僕が言いたいのはそういうことだ。

(追記1)
Videonewsの神保さんのBlogのEntryをクリップ。

僕の記憶が確かなら、ちょっと前に「マル激」で宮台さんが「Blog」のことを喋った時、神保さんは「初耳」みたいな感じだったので、Blogを知ったこと自体は、割と最近のことなのではないか、と推察する。でも今回のような事件が起きた時に、すかさず自分でBlogを立ち上げてしまうそのフットワークの軽さはさすが、ですね。

(追記2)
もう一つリンク紹介。
「遭難救助と同じなので救出費用を請求せよ」という議論について。
「しつこく自己責任にこだわる(2)」(逃避日記)
ちなみにその前のEntry「しつこく自己責任にこだわる」もオススメ。

(追記3)
「またかよ!」のリンク紹介ですが、そう言わずにオススメなのでぜひ。
(それでもこれからするリンク紹介は別のEntryでやりたいと思います。キリないし。)
フリーライターの松沢呉一さんのサイト内のコラム
黒子の部屋687 自業自得って…」をクリップ(キャッシュ)

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