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2004年07月08日

「No」という意思表明

Notes

当Blogではお馴染みのセリフではあるのだけれども、なぜ国家は必要なのか。なぜ国家権力に従うべきなのか、これは全く自明な問いではない。

国家は触れたり感じたり出来る、実体的な存在ではない。実体がない故にそれは「行動する」ということもありえない。あるのは、ある特定の人間による特定の行動を「国家による行動」と「みなす」という「約束事」だけだ。けれども国家=約束事でしかないのなら、なぜその約束事に従うべきなのか、は不可避の問いとして立ち上がってこざるをえない。

だから特定の人間たち=国家権力は彼らの行為が「国家としての行為」と見なされる為に、必要性と正当性の説明を常に要求される(それがまさに説明責任というやつでしょう)。

ゆえに例えば小泉がブッシュにした「多国籍軍に参加する」という約束が、なぜ小泉個人の約束ではなく、日本としてアメリカに対して行った約束と見なされるべきなのか、についても実はこれは全く自明ではない。きちんと説明され、国民の納得を得られるまでは、それは小泉個人の口約束でしかありえない。国家権力は常に自らの存在・行為の必要性と正当性について立証し続ける責任と義務を負っている。

国民が納得しない説明をどれだけ行ってもそれは説明責任を果たしたことにはならない(それはつまり必要性と正当性の立証に失敗しているということだから)。小泉を筆頭に、与党の政治家は「説明責任」の意味を完全に誤解していると思う。

今回の選挙で僕が重視したのはその一点だ。僕は小泉はこの国の首相というよりも、近代国家における統治権力のトップとして相応しい資質を欠いていると思う。年金問題における彼の国会での不誠実な答弁。多国籍軍参加問題における

「野党の皆さん、一部の反米のマスコミの皆さんは、自分に相談しないで勝手に決めたと批判している。批判する方がおかしい」
「世界の首脳といる時に『国会、野党と相談します』、そんなことで総理大臣の役割が務まりますか」
といった発言。残念ながら彼は絶望的なまでに何も分かってはいない人なのだ。こういう政治、こういう統治権力を放置してはいけない。

そして昨日、僕は小泉政治に反対意思を表明する為のささやかな一票を投じてきた。

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