現実主義と理想主義の間に明確なギャップなどあるのだろうか。
例えば「労働者一人一人が頑張れば達成出来る」ような売上目標を立てることは現実主義だろうか、それとも理想主義だろうか。それは多分「労働者の頑張り」という要素をどう見るかで変わってくるはずだ。例えばそれを「動かし難い制約条件」と見なす立場からは理想主義的目標、というように見られるだろうし、逆にコントローラブルな要素、と見なす立場を取れば目標は十分現実主義的、と言いうるだろう。
つまり「現実主義/理想主義」の枠組みは「何が制約条件でありかつそれをどのように評価するか」という認識論に依存する。しかし人間は不完全情報下の世界の住人でもある。従って「何が制約条件か」についてその全てを把握することも、またそれについての客観的な評価を行うこともできない。だとすれば「現実主義/理想主義」という枠組みに積極的なコミットメントを行っている人たちは、結局、「自らの世界の認識のあり方」についての言及を行っているに過ぎないとも言える。
こういう前提を無視して「現実主義路線を採用すべきか、理想主義を貫くべきか」といった議論をしても、従ってあまり意味は無い(というよりも議論そのものが成り立っていない)。寧ろ単なるレッテル貼りに終始しかねず有害ですらある(「理想ばかりで現実を見ていない」といった言説はその典型だ)。あなたが「理想主義者(または現実主義者)」として十把一絡げに片付けている人は、単に制約条件についての認識・評価をあなたと共有していない人であるだけかもしれないのだ。
もちろん「リベラル/保守」といった枠組みとこれを無造作に重ね合わせて(「リベラル=理想主義/保守=現実主義」というように)議論することもナンセンスだろう。例えば「理想主義者」の典型とされる進歩派知識人の代表格である丸山眞男は自分のことを理想主義者とは必ずしも思っていなかった。彼は自身を、体制派の人間たちが「動かし難い制約条件」と考えていた要素について、それをコントローラブルなものとみなし、「可能的現実」を語るという意味において、現実主義者だと規定している。ここから分かることは、結局、理想と現実は地続きであって、ギャップなど無い。そこに引かれる理想/現実の規準線は恣意的なものに過ぎない、ということだ。
まあ要するに「戦後60年が経過し、国際情勢が急激に変化している中で、左翼の主張は現実と乖離した理想論に過ぎないことが明らかになってきている」みたいな紋切り型かつ無内容な言説を振り回して論客を気取っている人間とは、多分議論しても実りが無いだろうなあ、と思った次第。


Comment (4)
いつも勉強になりつつ拝見させていただいております。これが初投稿です。以後よろしくお願いします。
おっしゃるように、「理想」や「現実」といった言葉が主観的な判断に基づいて使用される場面がメディアやジャーナリズムにおいても呆れるほど多く見受けられますね。
改憲派の言う「9条理想論」を(彼らからすれば)「理想論者」である私が「理想」と思わないのもここから来るものなのでしょう。
私から言わせれば、9条の平和構想力や、規範性は現在においてもまったく失われたものなどではなく、むしろ世界平和のための「現実的」な手段です。
しかし一方で「理想」と「現実」の境界線を完全に無きものとしてしまうと
憲法を「達成すべき目標=規範」とおくこととの整合性を保つのは困難になるのではないでしょうか?
議論が深まればと思い、質問させていただきました。お考えをお聞かせ願えればうれしいです。
Commented by: genki | 2005年02月22日 06:15
日時: 2005年02月22日 06:15
genkiさん。はじめまして。
コメントありがとうございます。
「現実/理想」の境界線の引き方に客観的な規準などない、というのは「境界線が存在しない」ということではありません。国境線の引かれ方は恣意的ですが、「国境など存在しない」とは言えないように。
僕は「境界に実体的根拠などない」という立場ですが、根拠がないからこそ「現実主義者」と「理想主義者」は同じ議論のテーブルにつけるのだと思っています。憲法の描く理念は確かに、未だ実現していない、という意味では「理想」ですが、それは「現実」と切り離された「虚構」ではない、暫定的に境界線が引かれてはいるかもしれないが地続きだ、と考えれば、特に不整合はないと思うのですが、いかがでしょうか。
Commented by: deadletter | 2005年02月23日 06:15
日時: 2005年02月23日 06:15
はじめまして。自分は太田光が首相をやっている番組で、憲法第9条のことを議論しているのを見て適当に検索をかけたらここにたどり着いたものです。
自分には難しい言葉が多くあって、細かいところの意味は理解しきれていないと思いますが、人の考えを知るのは面白いしできるならば、話し合えたらうれしいと思ったのでコメントさせてもらいました。
前々から、理想主義とか現実主義という言葉には興味があったので、ここで初めて、まさにそのことについて考えを述べられているのを見て「あぁそういう考えでものごとを捉えられる人もいるんだ」と驚きました。
自分は 理想を語りそれを追う人=理想主義者
あくまで可能に思えることだけで何かをこなす人=現実主義者と勝手に自分の中で考えることをやめて、意味を探すこともなかったのですが、辞書で意味を調べることとは別の次元で、現実に例を考えその中で言葉のあやふやな部分を見つけ、なんとなくで使われている意味に対してそれがいかにあいまいなものであるかを教えてもらえたのでとても面白かったです。
第9条の問題がメディアで取りざたされているので、無知な自分でも「これは変えなきゃいけないことなのか?」とか「いい法律なんじゃないか?」とか考えてしまい詳しい事情も知らないのに頭でっかちだと自分でも思いますが、理想主義といわれようと自分は変えて欲しくありません。(自衛とか専守防衛とか今まで解釈をコロコロ変えてきたから、自衛だけは許す、戦争はしないと明記するだけだ。 とTVで語っていましたが)
理想主義と現実主義の境界はあいまいなら、いいですよね?
Commented by: tairiku | 2006年10月08日 23:56
日時: 2006年10月08日 23:56
tairikuさん。こんにちは。
Entryにも書きましたが、ある事柄について、「それが実現する可能性をどの程度見積もるか」という判断によって、「理想論/現実的議論」の境界線は揺れ動きます。そしてその判断は暫定的なものでしかありえません。
tairikuさんがこの先ある程度「詳しい事情を知り」、それほど「無知」でなくなれば、9条を「理想論に過ぎない」と考えるようになることもあるかもしれません。そしてまたさらに詳しく事情を知り、様々な事情を勘案すれば「いや、やはり9条は空論ではない」と再度考え直すかもしれません。
いずれにせよ「それは理想論に過ぎない」という批判は、それ自体は実はなんら中身の無い批判である、ということです。自らの見識に基いて「9条支持だ」と堂々と主張されて全く構わないと僕は思います。
Commented by: deadletter | 2006年10月10日 18:02
日時: 2006年10月10日 18:02