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2005年09月10日

「裸の個人」のまとう衣

Thinking

「裸の個人」、いかなる規範、文化からも自律した個人など存在しない。個人とは常に、共同体内的存在であり、帰属する共同体の文化、規範、認識の枠組みといったものに侵食されている存在である。このような「共同体なくして個人なし(「裸の個人」は存在しない)」という類のテーゼを「共同体主義テーゼ」と仮に呼んでおく。


この共同体主義テーゼが主張するように、実際、個人は自分の為す行為、判断が何を前提にしているかという事について、常に明晰であるわけではない。自分が為した判断が、一切の事柄を括弧に入れた上で、自律した「理性」のみにより導き出したものだ、と思ってはいても、それが、自らの属する共同体固有の慣習、文化、認識的枠組みに「誘導された」結果に過ぎない、ということは、いかにもありそうなことだ。

けれどもここで疑問が生じる。この自分が為した判断を「誘導した」当のものは一体なんであるのか?それは言挙げすることはできるだろうか?

出来ない、と思う。個人の行為、判断を、一定の方向に方向付け、制約する何か規範のようなものが存在するとする。それは個人が判断や行為を為す際に必然的に従ってしまう、そういう規範である。その規範には「従う/従わない」という選択がそもそも存在しない。ある選択、判断を為す際の前提条件となるような規範だからだ。

けれどもこの「それに従わないことがありえないような規範」というのは矛盾した表現と言える。というか、実はおそらくそれは「規範」ではない。単なる「事実」である。規範とは「~すべき」という文で表される命題のことだ。そしてその限りにおいて、「妥当(適切)/不当(不適切)」の吟味を免れないものである。とすれば、そもそも「妥当か否か」の判断すら不可能な、というよりその前提となっているようなものは、そもそも規範ではありえない。その前提は、「単に~している」という事実を示しているだけである。

つまり、共同体主義テーゼが想定する、個人の判断を「誘導」する制約、規範は、規範ではありえない。規範であれば「~すべき」という文で表されうるものでなければならず、そしてその意味において「従うべきか/従うべきでないか」が有意味に問われうるものだからである。

また「従うべきか否か」が有意味に、理性的に問われうるようなものは、共同体主義テーゼの主張の中核にある、個人がその中に囚われているであろう制約・規範の資格も持ちえない。それは一切の意味や理性の前提となるべきものだからだ。つまり共同体主義テーゼから「~は、それに背けば個人が個人として成り立たなくなるような規範であるから、これに従うべきだ」という具体的提言を導くことは出来ない。

仮に単なる事実性の外へ足を踏み出してしまった人たちにとって見れば、それは既に事実ではないのだから、その事実へと彼らを引き戻すには、その事実を規範として定立し直し、その規範に「従うべきか否か」の問いへ説得的に、理性的に答えることをもってするしかない。そして「あえて~する」という再帰的コミットメントをさせるわけだ。

けれども、これは裸の個人、自律した個人から出発し、ある規範、価値に再帰的コミットメントをさせる「リベラリズム」と何の違いもない。「裸の個人」は裸に「見える」だけで実際衣をまとっているのだ、とする共同体主義テーゼの言う「衣」は、決して見えないし、見えてはならない。その意味で、あってもなくてもどちらでも変わらないのだから、存在論的に「短絡させる」ことが出来る。僕たちはその「衣」を事実性が失われた後、誰かによって規範として定立されて、初めて目にすることが出来る。規範の背後に、事実性がかつてあったであろうという「痕跡」を辛うじて見出すというかたちで。

従って伝統主義者、保守主義者、共同体主義者といった人たちは、実は特定の具体的規範への、自覚的、再帰的コミットメントを説く、リベラリストである場合が多い。彼らの称揚する規範は事実性に裏打ちされているわけではない。事実であるならば、「あえて」言表する必要などない(し、そもそも出来ない)からだ。彼らが何らかの伝統、共同体的規範・文化を言挙げするのは、それが事実性を喪失し、単なる「規範」に成り下がった、と考えるからではないだろうか。

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