遅ればせながら「今の若者が不幸せな原因は、平和の毒にある」より石原慎太郎の発言を読む。これは色々と興味深い。
それから、これだけはいっておきたいが、アラブの自爆テロは絶対に我々の言う特攻隊ではない。特攻隊は決して無辜の人を狙ったのではない。特攻隊は狂信者じゃない。本当に悩み、悲しみ、迷いながら、自分の親、兄弟を守るために死んでいったんだ。それでなければ納得できない。(1)一体どの程度まで「信仰に狂えば」、自らの命を犠牲にして敵を攻撃することが出来るようになるのだろうか?本来ならば、そこが明らかになって初めて僕たちはその人を「狂信者」と名指すことが出来る(または逆に「狂信者ではない」と言及することが出来る)。けれども多くの場合人は、「自らの命を犠牲にして敵を攻撃する」人間を単に「狂信者」と呼んでいるだけである。自爆攻撃行うアラブ人も、特攻を行った日本人も、第三者(例えばアメリカ)からすれば「狂信者」だと等しく括られている。それが「狂信者」という語に関する一般的な語用論的事実である。
一見、石原慎太郎はこの事実に楔を打ち込もうとしているように見える。彼は自分なりの考察を通じて「特攻で命を落とした若者たち」は、それほど信仰に狂っていず、「悩み、悲しみ、迷」う「我々」と同じ普通の人間であるという認識に至ったのだろう。彼らを「狂信者」と十把一絡げにするのは思考停止・悪質なレッテルであると主張する。しかし、その彼が自爆攻撃を行うアラブの人たちに関しては、自爆攻撃とは頭のおかしい人間のやるもの=狂信者の為すことだと、彼が批判していたはずの「狂信者」の一般的語法をそのまま無邪気になぞってしまうのである。
また、ヤメ記者弁護士さんが言うように「特攻隊」は無辜の民を狙ってはいないかも知れないが、それ以外の旧日本軍は先の戦争で数多くの無辜の民を虐殺している。「自分の命を賭けた攻撃で無辜の民を狙わなかった」という事実が存在する一方で、「自分の命が脅かされていない状態で無辜の民を殺した」事実が同時期に存在するわけである。前者の倫理性を称揚するなら、後者の非倫理性が強調されなければおかしい。無辜の民に対する態度こそが決定的に重要であるならば、この老作家こそ旧日本軍に対する最も手厳しい批判者でなければならないはずだ。が、誰か彼の口からそのような主張を聞いたことがあるだろうか?(こちらも参照)
結局のところ彼は「我々」と「彼ら」、「敵」と「味方」を区別せよという、この上もなくつまらない政治的言明を行っているに過ぎない。「特攻隊はこちら側、アラブ人はあちら側」というわけだ。
(2)山本博文「武士と世間」では、武士の「ハラキリ」の背景に「世間」の厳しい同調圧力が存在したことが明らかにされている。その世間の空気は明治維新後も脈々と受継がれ、例えば特攻を回避したり生き残った者たちを「特攻くずれ」として軽蔑する風潮として当時存在していた。
このような「世間」という独特の「重圧」・空気を考慮に入れた時、特攻=無私の行為・自己犠牲とは実は必ずしも言えない。特攻に赴いた人たちの中にも、実は世間の重圧に負けただけの人もいるかもしれない(その可能性は高い)。彼はそしてそれを「愛する君のためにこそ死にに行く」のだと自らに言い聞かせる「自己欺瞞」を犯していただけかもしれない。武士の「ハラキリ」が必ずしも無私の行為でないように、特攻も無私の行為とは必ずしも言えない。
個人的に言わせて貰えば、特攻=自己犠牲・無私の倫理性の表象として無批判に高く評価するこの典型的に石原にみられるような感性が僕には、非常に類型的で、貧相なものだと感じられる。例えば愛するものの為に世間からの軽蔑の目(「特攻くずれ」というバッシング)に耐えながら生き残ることを選択する、そういう倫理は十分にありうる。特攻にいくことで無条件に倫理性が保証されるのではない。ぎりぎりまで他者或いは自己に向き合おうとする営みを倫理と呼ぶのだ。
このインタビューを見る限り石原は単に「世間」の空気を無批判に受容し、鸚鵡のごとく口真似しているだけで、倫理の可能性についての感性を磨耗させているとしか思えない。
(3)その他一応指摘しておく。「特攻隊の若者の人生もそれなりに幸せだった」どころか「特攻隊の若者達のような人生こそ幸せなのだ」と主張する石原と比較する為に、拉致問題発覚当時「めぐみさんにも幸せな瞬間があったのでは」とちょっと口にしただけですさまじい批判に晒された栗本薫の日記を紹介してみたい。
(2002/9/19の日記より引用)
どういう場所でも青春の花は咲くんだ、というか、いまの日本人にとっては「この場所」「いまのこの社会」だけが「正常」になっていますけれども、じっさいには、この世界にはありとあらゆる数奇な人生というものがありうるわけで、それを「めぐみさんが拉致された13歳以後」は存在しなかった、ただひたすら「拉致の被害者」としての人生しかなかった、と考えてしまうのは、たぶん「いまの平和ボケ日本」にすまう私たちの愚かさです。
どこでもひとは生きられるし、どのようにも生きられるし、どこで生きていてもそれなりの人生をみつけることはできる。結婚して子供を産んだりしているあいだには必ず、「空がきれいだなあ」と感じる瞬間もあれば、「生きていてよかった」と感じる瞬間もあり、また「お母さんに会いたい」という狂おしいほどの悲しみと望郷がある瞬間もむろんたくさんあったことでしょう。
「人生はこうでなくてはならない」という思い込みはいけないものです。それは、何か本当の真実を決定的に見えなくすると思います。これはもちろん親御さんの思いとはまったく別の話ですけれども、拉致された人々は、その場で銃殺されたのでないかぎり、たとえ数年でも生きていたのであるかぎり「人生のすべてを奪いとられた」わけではない、「まったく違う人生のなかに拉致された」のであること、それは親が望んでいた「平穏な人生」ではないけれども、もしもすぐれた資質や感受性を持つ人ならば「何故自分が」と考えたり、望郷や運命の不条理に苦しむことによって、必ず、凡庸なありきたりの人生のコースを歩むよりも多くのものを得ることができたはずだと思う、それはある意味「チャンス」でさえあったはずだ、と私は思うのです。
「特攻隊のような生き方こそが幸せなのだ」という石原のロジックをなぞる限り「拉致られるような人生こそ幸せだ」とも言えることになる。栗本薫より遥かに過激な主張である(翌日の日記も参照してみてください)。ところで彼はなぜ拉致被害者を取り戻せなどと主張しているのでしょうか?日本に連れて帰っても「平和の毒に侵された」不幸せな人生が待っているだけなんですよね?

