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2006年01月17日

職業倫理は普遍的か

Thinking

町山智浩さんのこのEntryを「ホテル・ルワンダ」を観にいく前に読んでしまいました。僕は映画は、極力事前に情報を頭に入れずに観たいというタイプなのですが、こういう切れ味のある批評を読んでしまって正直「しまったなあ」という感じです。まあそれはともかく、このEntryに対して、Mr_Rancelotさんが鋭いツッコミを入れていたのをさらに読んでの感想をば(そんなことしてる暇があったらさっさと実際に観てこい!というツッコミはご勘弁を)。

ジェイン・ジェイコブス「市場の倫理 統治の倫理」では倫理には二つの職業別タイプ、統治型(=領土に対する責任に関する)道徳と市場型(=商業とそれに関する財やサービスの生産に関する)道徳があり、それぞれは時に相矛盾するということが主張されている。

市場型の道徳とは具体的には以下。

「暴力を締め出せ」/「自発的に合意せよ」/「正直たれ」/「他人や外国人とも気やすく協力せよ」/「競争せよ」/「契約尊重」/「創意工夫の発揮」/「新奇・発明を取り入れよ」/「効率を高めよ」/「快適と便利さの向上」/「目的のために異説を唱えよ」/「生産的目的に投資せよ」/「勤勉なれ」/「節倹たれ」/「楽観せよ」

一方統治型の道徳はこうなっている。

「取引を避けよ」/「勇敢であれ」/「規律遵守」/「伝統堅持」/「位階尊重」/「忠実たれ」/「復讐せよ」/「目的のためには欺け」/「余暇を豊かに使え」/「見栄を張れ」/「気前よく施せ」/「排他的であれ」/「剛毅たれ」/「運命甘受」/「名誉を尊べ」

商業が成立する、または商業的に成功するためには暴力による収奪が存在しないこと、不正直が相当程度低い水準に抑制されていることが必要だし、身分や共同体の内/外による差別=取引相手に対して不平等な取り扱いがなされていてはならない。新しいものを取り入れ、効率を高めなければ、競争相手に負けてしまう。そして新しいものを取り入れる=改善の努力には「既存のシステムへの異議」が不可欠だし、効率的であるためには「コストの節約」が必要だ。

他方、統治者は、お金に目がくらんではならないし、法などの強制力を担保するためには物理的な力は不可欠だ。物理的な力を行使しうる以上、それは統制と規律がいきわたっていなければならないし、その為には上司と部下の上下関係はハッキリしていなければならない。さらに敵味方関係なく=差別せず取り扱うということは出来ないし、時には共同体内に生じた報復感情も代替しなければならない…等々。

そしてこの二つのタイプの道徳が混同され、カテゴリーミステイクを起こしたとき、不正や腐敗が生じる。企業経営者が自己の為に会計操作をして投資者を欺いたり、硬直的な組織運営をしていたら、逆に公職に就く人間が金に目をくらんで政府の持つ財産=内部情報を売ったり、組織が乱れて部下が恣意的な権力を行使していたら、どうなるか、というわけだ。

市場の倫理 統治の倫理ジェイコブスに従えば「ホテル・ルワンダ」の主人公はホテルマンとして、つまり、客を分け隔てなく無く平等に扱う、という商業人の「市場型道徳」を忠実に守った。そして結果的に虐殺から客を救うことが出来た、ということなのだろう。彼に「排他性」が無かったのはそれが彼のような商業人が参照すべき道徳の重要な一部だからだ。けれどもそれはあくまで「結果的に」ということになる。「客を差別しないこと」と「客の命を救えた」とは一応は独立の事象だからだ。例えば統治者が敵から味方を区別することによって=排他的であることによって味方の命を救う、ということもありうるだろう。

Mr_Rancelotさんの例示するアイヒマンは統治型の職業倫理に徹底的に忠実であることで、ユダヤ人の排除を行ったとも言える。ジェイコブスは、両方のカテゴリーが互いに侵犯された時、商業的に考える場面で統治者道徳を参照したり、その逆であったときには腐敗が生じる、と言う。結論から言えばこれは主権国家的道徳であるとは言えないだろうか。主権国家を前提にすれば、アイヒマンは別に腐敗していたわけではない。不正を行っていたわけでもない。ジェイコブスの「腐敗」や「不正」はあくまで主権国家思想の内部にあることを前提にした物言いなのではないだろうか。つまり「腐敗」や「不正」とは一体いかなる視点で語られている「腐敗」「不正」であるのか、ということだ。

第二次大戦後のドイツの戦後処理も、主権国家内部における合法性、妥当性という観点からというより寧ろ、ユニバーサルな問題として為されたという感じを僕は持っている。そして多分、そのユニバーサルな観点はジェイコブス的枠組みからは出てこないのではないかという気がする。従って町山さんの職業倫理を重視する倫理の構築の議論も、ジェイコブスの議論と同様の難点を抱え込まざるを得ないのかなあと。巧く言えませんが。

(追記1)
Mr_Rancelotさんの追加Entry「職業倫理の範囲
pavlushaさんのEntry「信仰としての職業倫理
swan_slabさんのEntry「自由市場における社会規範について
どれも僕の記事よりも全然深く突っ込んでお考えになっている記事です。せっかくですので是非ご参照あれ。

(追記2)
BigBangさんのEntry「『ホテル・ルワンダ』---守ったのは職業倫理ではないだろう。
いや、これはやはり実際に観てみないといけないですね。

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