沖縄の集団自決に関する教科書記述を巡る問題で、読売や産経などが「教科書は政治によって干渉されてはならない」などと主張している。
まさにお笑いである。先の教育基本法改正論議で時の文部科学省は「民主主義的な選抜プロセスを経た政治権力が教育に介入するのは不当な支配であるはずが無い(そうでない力が働くことこそ「不当な支配」だ)」と答弁してきたわけだ。当Blogではその点について批判してきた。ところで今回の「政治的干渉批判派」はその時それを痛烈に批判したのだろうか?
安倍晋三政権がこれだけ早く倒れ、その後にこれだけ方針転換がなされる事が予想できなかったのはお気の毒というより他は無い(もちろん僕も予想など出来なかったわけだけれども)。だが彼らは例えば教育基本法がなぜ「準憲法」とも呼ばれ「統治権力を制約する意味合いを持つ」とされてきたのか、その意味合いを全く理解していなかったことが、改めて暴露されたわけだ。
「教育が政治に左右されてはならない=不当な支配の排除」ということは要するに「そういうこと」なのだ。手前味噌で申し訳ないがもう一度言わせていただく。
「(実質的に)左に偏った・左がかった教育を」といった介入がなされても、それを肯定するのだな?親中政権が誕生して、「自虐史観」とやらをテンコ盛りに教えることを強制されても、それは不当な支配ではないのだな?卒業・入学式に日の丸・君が代は掲げたり歌ったりしてはならないという通達が出ても、文句は言わないわけだな?読売・産経は「与党ボケ」であるどころか「安倍ボケ」にすぎなかった。それにしても安倍政権が永久に続くとでも信じていたのだろうか?

