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2009年01月08日

「叩くこと」こそ目的?

Notes

インターネット上では「趣味・嗜好に少しでも支出する人間はその時点で支援を受ける資格がない」ということになっているらしい。

「派遣村 タバコ」「派遣村 煙草」「派遣村 酒」(Google ブログ検索より)

さておそらくこの不況は、派遣社員のみならず、早晩正社員のクビきりという事態を生じさせるだろう。気をつけた方がいい。まさかとは思うが、いまあなたは煙草はもちろんのこと晩酌さえも当然控えていることだろう。そんなことをしていたら困った時に助けられる資格を失ってしまうのだから。

煙草や酒に費やす金と時間があったらいくらでも資格を取ることも住居を見つけることも貯金することも出来るらしい。ちなみに日本人が吸うタバコの本数は平均で約7本/日なので(派遣村の人がその平均だとして)それで節約できるお金は約100円/日。3000円/月である。…なるほど。

…議論を進めよう。まさかあなたは普段晩御飯に肉や刺身などを食べてはいないだろう。そんな「贅沢」をする余裕があれば、食事は全て即席麺にすれば(牛丼などもっての他である)その分貯金や資格取得にいくらでも支出できたはずであり、それを怠るような人間には救いの手は一切差し伸べられる必要はないからだ。

さてこの論理に従えば手を差し伸べるべき人間はいなくなってしまう。僕は以前こう書いたことがある

けれどもそもそも「本当に困っている人」というのは誰なのだろうか?どんなに困っている人であっても生活の中で何らかの切り詰める余地、生活上の無駄を省く(経済的な話だけではなく、時間の使い方を含めて)こと、或いは選好の不適切さを指摘することはおそらく常に可能だろう。とすればほとんどの人間・或いはもしかしたら「本当に困っている人間」など誰もいない、という結論さえ導くことが出来そうだ。

リソース有限論は、理想の「本当に困っている人」(「非の打ちどころの無い被害者」と言い換えても同じことだが)の追求につながり、得てして「本当に困っている人」の「イデア」が作り上げられることになりやすい。難点はそれが現実には存在しそうもないことであり、利点は「困っていると訴える」人の粗探しをしてどこか一つでも難癖を付けられればリソースの分配を拒絶=節約できるということである。

リソース計算が不必要だと言いたいのではない。ただ、完璧なリソース配分がありえず、完璧なリソース計算がありえず、完璧な弱者・非の打ちどころの無い被害者が存在し得ないことを弁えないリソース有限論はいくらでもそれを節約し、弱者に配分しない為の正当化の口実になりうる(もっと言えばそれに「しか」なりえない)ということ、また自分の意に沿わない弱者・被害者を拒絶する為「だけ」の方便となりうることは指摘しておきたい


ほとんど訂正する余地を感じない。というか「そのまま」である。

この論理を振りかざす人にとっての「手を差し伸べるべき人」というのは誰なのだろうか?「ヤル気のある人」?なるほど。でも誰がどうやって判別するというのか?その基準は何か?食事は全て即席麺で、趣味は持たず、常に資格取得と貯金に励んでいる人か?(繰り返すがそんな人間は存在しない)それとも「結果」=「今派遣であっさりと首を切られたということは所詮その程度の仕事に就く努力しかしていなかった/本気なら働き口はあるはずであり派遣村にいるということ自体がヤル気のない証拠」から判断する?(この場合も救うべき人間は存在しない)

その論理を得意げに振り回す人は結局のところ「(自身は)ぬくぬくとパソコンの前でいるだけで、お前のことは何一つ知らないし、知りたくもないが、とにかく私はお前が不快だ」と言っているに過ぎないようにすら思われる。もう一つ見てみよう

・年末年始に就活市場が休みである事を知らない
・雇用保険は日雇いや短期間派遣では入れない事を知らない
・中高年しかも工場派遣とかやってるような層でもこの不況時にたった1ヶ月で次の仕事が決まるのが当たり前だと思っている
・住居が決まるのも当たり前だと思っている
・人材募集している企業は応募して来た人なら誰でも採用する筈だと思っている(良い人材が応募して来なければ一人も採用しない事も多いとは考えない)
・生活困窮しても親兄弟が助けてくれるのが当たり前だと思っている
etc

いくら何でも世間知らず過ぎじゃなかろうか。


おそらく知識の有無が問題なのではなく、そのようなことにはそもそも関心がない・知りたくないのではないだろうか。この手の人たちにいくら「派遣村にいる人たちには事情があったのだ」と説明しても彼らは決して満足しない。「そうは言っても」と派遣村にいる人たちの「甘さ」をそれ以外のどこからか探してくることの方に寧ろ躍起になるからである。これに対する反応はその好例である
だってさ、その辺きちんと認識してたら法律とか行政とか以前に自然と自己防衛に走らない?

もちろんこれは上述のように無意味な結果論(派遣村にいるということは当然しておくべきことをしなかった人間だから救う必要はない)、「もっと何か出来たはずだ」という無内容な一般論に過ぎないのだが、ここまでくれば彼らはそんなものに固執してでも「とにかく叩き続けたいのだ」と考える他はないのではないだろうか。

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Comment (2)

Iam:

deadletterさんも派遣村批判を見て「死ぬ死ぬ詐欺」を連想されたのですね。2chに

湯浅誠は貧困層を喰らう「貧困ビジネス」の成功者!
http://antikimchi.seesaa.net/article/112262249.html

↑これが貼られていたので調べたら、

死ぬ死ぬ詐欺団
http://antikimchi.seesaa.net/article/24332814.html

↑が案の定あったので、分かりやすいなぁもーと苦笑いしてしまいましたね。

deadletter:

URLの下品さから推して知るべしといったところですが、全く進歩がないですね(笑)。

批判している人は彼らの事情を知った上で批判しているのではないわけです。もちろん知ろうともしていません。いや寧ろ知りたくないのです。

知ることなしに「全員が全員とは言わないが…中には救うべきでない人間もいるかもしれない」「こうなる前にもっと他に何か出来たのではないか」みたいな、具体性のない無内容な一般論レベルに留まっていつまでも批判していたいのです。

まさに「無知への意志」ってやつです。
http://d.hatena.ne.jp/toled/20090107/p1

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