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2009年04月29日

ある種の道徳感情について

Memo

『「時効殺人」賠償が確定=除斥期間適用せず-26年後自首の加害男に・最高裁』のコメント欄に蔓延する殺人を犯した男への溢れんばかりの憎悪の「巨塊」は壮観ですらある。

曰く

賠償以上に、一生苦しめてほしい
殺人犯に魂の安息など与えてはならないはず
時効で捜査が終了しても罪は消えない仕組みになればいいのに
時効によって警察に追われなくなったからといってこいつの罪が消えたわけじゃない
もちろん人の命はお金ではかえられないけど、遺族は生きていることに望みをつないで30年間、苦しみ続けたことを思うと安すぎるよな
この男以前テレビに顔を隠して出てきたのを見たけどその時も反省の言葉は出なかったな。人を殺して何が上告だ。賠償責任は当然の事だ
etc.

殺害されてから26年も経ってから「謝罪と賠償を!」と息巻く遺族に対して同情的なコメントが圧倒的多数なのがなんとも実に皮肉である。特に先の戦争で被害にあった人たちが民事訴訟を起こすと「また金目当てか」との非難が投げつけられるこの国においては。

ex.)「強制徴用被爆者の損害賠償請求、控訴審でも棄却」のコメント欄

こいつらは金が欲しいだけ
おいぼれてもたかり根性は健在か。よくもまぁそんな被害者面できたもんだ
この年になっても「金クレ金クレ」か。こういう人生はいやだねぇ。あさましい

ちなみに西日本新聞によると「一審判決は、強制連行を「国と企業による共同不法行為」と認めたが、行為の発生から20年で損害賠償請求権が消滅する「除斥」を適用し、請求を退け」たもので、控訴審はそれを受けなおかつ支持したものだったそうだが。

「人にひどいことをしておいて逃げ得は許されない」という道徳感情について、この国の人々は「色々な意味で」内省をする必要があるのではないだろうか。

さて最後に毎度おなじみの手前味噌ではあるのだけど僕が書いた過去のEntryを紹介させてもらうことにしよう。

「忘れる」という権利
「被害者の人権」は普遍的か?

(追記)
後で気づいたのですがapesnotmonkeysさんが、迂遠な僕のEntryよりも的確に核心に切り込んだものをupしておられるので紹介させて頂きます。
「除斥期間」についての最高裁判決について

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